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第8話 異世界の異母妹

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-01-30 21:49:36

 地球とテルスの違い。

 その最たるものである魔法の有無が及ぼした影響の中でも、歴史を動かす戦争の形態を左右してしまう兵器の相違は大きい。このテルスという異世界を理解する上でキーになる。

 そう直感したカイトは疑問点をありのまま口にした。

「兵器が未発達。そこだけ聞いちゃえば、この世界はとんでもなく平和なのかも? と思えちゃいます。けど、つい二年前にも戦争があったっていうことは……戦争が兵器じゃなく魔法。兵士じゃなくて魔道士が、戦争での兵力を担っているってことですか?」

 カイトの推測を肯定するようにケンゾーはゆっくりと首肯した。

「ああ、その通り。魔法が使える魔道士と、どんなに鍛えようが魔道士ではない一般の兵士。その両者には力の差がありすぎる。兵力に差がありすぎれば、国家の輪郭を担う国防も機能しない。国家が機能していない混沌は大国も望まない。その結果、このテルスでの戦争は、戦場において国家の全権代理人である筆頭魔道士団に属する魔道士による勝負で決着が付けられるってのが基本になってる。その点だけで言えば、きみが言ってた中世に近いのかもしれないね」

 ケンゾーが説明したテルスという異世界の大まかな仕組みについては理解できたカイトだったが、全権代理人という聞き慣れない言葉だけが妙に浮いて聞こえた。

「全権代理人、ですか……それじゃあもう軍人というより、戦国時代の武将……いや、もっと前の三国志の将軍か、いっそ考えられるだけ古い古代文明の英雄……みたいな存在に聞こえますけど、俺には」

 カイトの挙げた例えを聞いたケンゾーは、一理を認める微苦笑を浮かべながら首肯してみせた。

「きみの感覚はズレてないよ。三国志の将軍なんかは例えとして的を射てると俺も思う。とにかく魔道士の数が少ない点も含めてね。およそ九十万人に一人と言われてる魔道士は、ドラゴンから魔力を賜ったとされる神祖と呼ばれる魔導師の末裔ってことになってる。それが真実かどうかは別として……テルスでの定義は、長い年月で血が薄まりながらも遺伝によって魔力が伝わってるってことになってる。ただ、魔道士の子供が常に魔道士って訳でもなくてね。逆に魔道士が何代もいなかった家系に突然、魔道士が産まれるケースもある」

 多くのファンタジー作品に触れてきた免疫のおかげで、ケンゾーがつらつらと述べるファンタジー要素てんこ盛りの見解をすんなりと理解したカイトは、

「隔世遺伝みたいなものですか……いきなり魔道士が産まれちゃった家は大変でしょうね……」

 と素直に自分の感想を口にした。

 カイトの飲み込みの早さに感心したことをケンゾーは隠さなかった。

「きみが仕組みを理解できないアホでも、厭世家を気取るバカでもないってことが分かって安心したよ」

 口角を上げたケンゾーが、にんまりとした笑みをカイトへ向けてから説明を続ける。

「きみの推察は正しい。魔道士の立場は特殊だ。魔道士として生まれると、大抵は四歳で魔道顕現発達と呼ばれる特異な成長が現れるんで魔道士だと分かる。その時点からその子は国家の監理下に置かれる。魔道士団への入団は義務で、拒否できない。無事に成長すれば、その立場は君主や元首の次に来る。貴族より上になる国が多い。そのせいで魔道士に対する敬称としての卿のほうが、公爵に対する閣下よりも上位になるなんて矛盾も出てきたりする。爵位名とか家名じゃなく、名前にそのまま敬称がつくのは魔道士だけ。きみもサイオン公としての閣下より、これからは魔道士としての卿で呼ばれることが多くなるってわけだ。しかも聖魔道士としてね」

 ここまでケンゾーの口から説明を聞いたカイトは、いよいよ自分がライトノベルやマンガで定番になった異世界ファンタジーの登場人物になったような気がした。

 ふう……と目立たない程度に一度だけ小さく息を吐いたカイトが、

「覚悟しておきます。それで、その肝心の魔法って、具体的にはどんな……」

 と質問を次に進めようとした時だった。

 書斎のドアが小さく等間隔に三回ノックされた。

「どうぞ」

 ケンゾーがドアに向かって声をかける。

「失礼いたします」

 軽やかなのに下品な響きのない声の持ち主は、スムーズに挨拶を済ませながら書斎に入室した。

 小柄で十三,四の年の頃に見える、艶やかな亜麻色の髪と琥珀色に輝く瞳を持つ少女は、

「おじい様。少しだけ、お邪魔してもよろしいですか?」

 と輝く笑顔を浮かべてみせた。

「ああ、構わないよ」

 ケンゾーが少女に向ける微笑みはおだやかなものだった。

「ありがとうございます。お兄様に早くお目にかかりたくて……我慢できずに来てしまいました」

 自分の容姿と年齢で許される茶目っ気を理解している様子の少女が言うと、柔和な笑みを浮かべたケンゾーが、

「そうかそうか、耳が早いな」

 と愉快そうに応じてから、カイトに視線を移した。

「カイト。ダイキの娘だ、きみの妹だよ」

 想定できなかった展開に「えっ?」とカイトの素直な驚きが声になって漏れる。

 少女はカイトの目をまっすぐに見てから微笑むと、優雅な所作で頭を下げてみせた。

「お初にお目にかかります。マヤと申します。お兄様」

 もとの世界では実母と再婚相手の娘である異父妹。異世界に来たら今度は異母妹。

 二人目の妹が急に現れた事実を、カイトは自分でも呆れるほどあっさりと受け入れた。

(まあ、そういうこともあるか……父さんもまだまだ現役ってわけだ。なんか俺は、かわいい妹に恵まれる星の下に生まれたらしい……)

 マヤが会話に加わったことで、自然と話題は異世界のレクチャーから歓談に変わった。

 十四歳だというマヤは実に聡明で、その言葉遣いや所作はすでに王族然としていた。

「お兄様が優しい方で、安心いたしました」

 自分の目をまっすぐに見て微笑むマヤは、掛け値なしに可憐な王女様だとカイトは感心した。

 ケンゾーが孫であるマヤを可愛がっているのも、その言葉の節々からカイトは感じ取った。

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     国防を担う筆頭魔道士団を指揮する首席魔道士でありながら、筆頭魔道士団を率いて国王とその王族を殺害するというクーデターを起こして王位を僭称したウアイラへの断罪を下した聖皇フィデスの指名を受け、刑の執行人としてビタリ王国に赴いた三カ国の首席魔道士、カイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名が連名でソフィア王女を後継者とする王室の再興への協力を宣言した六日後の二月十三日。 穏やかな冬日が注ぐ昼過ぎに、王族で唯一生き残った第三王女のソフィアが王都ロームルスへの帰還を果たした。 王都の民衆は歓喜の大歓声と紙吹雪でソフィアを迎えた。 鮮やかな花びらの混じる紙吹雪が舞う中を、ソフィアの護衛として共に王都入りしたウァティカヌス聖皇国ロザリオ魔道士団のクーリアとアルトゥーラの母娘とともに行進し、王宮へと到着したソフィアは集まった民衆に向ってビタリ王国とその王室の再興に全力を尽くすと宣言した。 第一の役目を終えたクーリアは朗らかな微笑みを浮かべ、執行人としての役目を遂行したカイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名へ労いの言葉をかけた。「任務の遂行、まことにお疲れ様でした。聖皇陛下は此度の結果に満足しておられます。ビタリ王国の今後については、卿らを含めた協議によることも示唆されております。ソフィア殿下も同様の意向を示しておられますので本日中にも早速、協議の席を設けたく思います」 真っ先に「承知しました」と即答したヴァルキュリャに続いて、カイトとインテンサは無言で首肯を返した。 アルトゥーラがカイトの前に進み出る。「わたしの予感が当たりましたね。今宵は付き合っていただけますよね?」「もちろんです。協議の後にでも」「はい。楽しみです」 アルトゥーラは打ち解けた笑みを浮かべた。カイトはその笑顔を見て自分の任務が一段落したのだと感じた。 夕刻には連合を組む形となった三カ国の首席魔道士であるカイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名と、後継者となるソフィア、ビタリ王国の元内務大臣でありウアイラの王位簒奪後は幽閉されていたドゥカティ、オブザーバーとしてのクーリアが参加しての、最初の協議が王宮内で開かれた。 聡明なドゥカティは自身または他の有力貴族に権力が集中することを望まず、摂政は立てないことを提案。その提案は賛同を示す全員の拍手をもって了承された。 それを受けてのドゥカ

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     ブリタンニア連合王国とセナート帝国という二つの覇権国家に次ぐ力を持つ国として、新興のアメリクス合衆国とともに列強と見做される「西方の三国」の一つに数えられるビタリ王国ではあるが、その内情は大国としての安定を擁するものではなかった。 長い歴史を有するが故に各々の土地に根付いた領主としての名家が割拠し、象徴でありながら実効的な政治力と軍事力も保有していた聖皇の領地がベースとなっているウァティカヌス聖皇国を内包するという背景もあって、ビタリ王国という枠組み自体は維持されつつも実情は分裂状態が長く続いていた。 ビタリ王国に統一をもたらした王の子として慎重な内政に徹していた国王を殺害し、王位を簒奪するに至ったウアイラにとって最大の懸念はビタリ王国が再び不安定な状態へと戻ることで、国境を接する「西方の三国」ゲルマニア帝国とガリア共和国に介入ないし侵攻される可能性だった。 ウアイラが懸念を抱きながらもクーデターを実行に移した背景には、後ろ盾となったセナート帝国の存在があり、皇帝シーマの意向を代行するセナート帝国側の窓口となっていたのがアリアだった。 アリアの指示に逆らえば窮地に陥ることを避けられないウアイラは、セナート帝国への亡命という指示に従うより他に無かった。 王都ロームルスへと戻ったウアイラは、王都に留まっていたトリアイナ魔道士団のメンバーであるデルタ、レヴァンテ、バルケッタの三名を説得。唐突な亡命という事態に三名は戸惑いをみせたが、腕に身の振り方を選べる立場にはなくウアイラの説得に応じた。 迷うことなくウアイラに付き従うアウレリアら三名の女性魔道士を含めたトリアイナ魔道士団の七名と、アリアらラブリュス魔道士団の三名は王都ロームルスから出航する船に乗り込み、地中海に面する港を持つロムニア王国へと入った。 セナート帝国と停戦協定を結んでいるロムニア王国を突っ切るように一行は北上し、十名の魔道士からなる一行がセナート帝国の領内に入ったのは、カイトとウアイラが戦闘に及んだ二月二日から九日後のことだった。 一方のカイトを始めとするトワゾンドール魔道士団の四名はメディオラヌムに留まり、二日後の二月四日にはインテンサが率いるアイギス魔道士団の四名と、ヴァルキュリャが率いるメーソンリー魔道士団の四名と合流した。 刑の執行人として聖皇の指名を受けた首席魔道士カイト、ヴ

  • 異世界は親子の顔をしていない   第69話 天敵

     エルヴァが「カイトにとっての天敵」と表現し、戦わないという選択をカイトに示した四人の魔道士。 敵対することを避け、カイトにとっては出来るなら顔を合わせることなく済ませたい四人の女性。 そのうちの一人であるヴァルキュリャについてはシーマが主催する祝賀晩餐会での対面は避けようがなかったが、カイトにとっては前もって対応を考えた上で心の準備を済ませる時間もあった。 初陣のタイミングで不意に現れたアリアに対して、どう対処するのが正解なのか。 驚きに思考を停止させる猶予など許されない状況だと認識したカイトは、まずは敵対を避けるための対応を考えるべきだと脳をフル回転させた。 自分が最初に発するべき言葉を探しているカイトに対して、アリアの傍らに立つ長身で褐色の肌に長い銀髪を持つ女性魔道士が声をかけた。「はじめまして、カイト卿。私はヴァイオレット・オースター。ラブリュス魔道士団の第八席次です。お見知りおきを」「はじめまして、ヴァイオレット卿……」 ヴァイオレットに対してひとまずの返事で応じたカイトは、余裕の笑みを浮かべるアリアへ視線を向けると状況を確認するための質問を口にした。 「……アリア卿。ウアイラ卿の身柄を預かるとは、どういう意味ですか?」「そのまんまの意味だよ? カイト卿との勝負には負けちゃったけど、ここでウアイラ卿を退場させる訳にはいかないからボクたちが保護するってこと。まあ、形としては現時点をもって、ウアイラ卿はセナート帝国に亡命したってことになるけど」 聖皇の指名を受けた刑の執行人として今この場所にいる自分が「そうですか」と二つ返事に受け入れる訳にはいかない事態だとカイトは把握できたが、目の前に立つアリアという天敵との敵対を避けるには受け入れるしかないという事実も同時に理解した。「……王位を奪った直後の一方的なものだったとしても、王位に就いたことを宣言した国王が、その国を捨てて亡命するということですか?」「カイト卿たちは、ウアイラ卿を国王として認めてないでしょ?」「それとこれとは、別の話だと思いますが……」「話を複雑にする必要はないよ。即位した直後の王が亡命したってビタリは無くならないから。カイト卿たちが担ぎ上げたソフィア殿下もいるんだしさ」「……この場は、黙って見過ごせってことですね?」「そうそう。その通りだよ、カイト卿。そうし

  • 異世界は親子の顔をしていない   第68話 初陣

     圧倒的な覇者として戦場に君臨する存在であるべき、スルトとオメガによってもたらされた刹那の静寂。 「神殺しの巨人」に対して「最後を示す者」を召喚したカイトは、周囲が息を呑む中で初陣に臨む覚悟ができたことをアルテッツァに目配せで伝えた。 アルテッツァは無言でカイトに向ける首肯で応じると、右手を挙げてから数秒の間を置き「始め!」と開始の声を張り上げた。「おらぁっ!」 ウアイラが発した怒声にも聞こえる掛け声に呼応して、スルトは右手に握る炎の剣を振り上げて上段に構えた。 十メートルほどだった炎の剣の刀身が、倍の二十メートルにも達する長さに伸びる。 スルトは上段の構えを維持しながら、その巨躯とは不釣り合いな速度で駆けだした。 地響きとともにオメガへと急接近したスルトが、上段に構えていた炎の剣を高速で振り下ろす。 開始の合図と同時に背中の翼を羽ばたかせていたオメガは、上空へと舞い上がりながらスルトの一太刀を紙一重に躱してみせた。 空を斬った二十メートルにも及ぶ刀身の炎の剣を、中段の位置でピタリと止めたスルトが素速く炎の剣を振り上げる。 流れるような動作で炎の剣を逆手に持ち替えたスルトは、標的とするオメガに向けて炎の剣を投擲した。 炎の剣が長大な炎の矢と化してオメガへと迫る。 巨躯を軽やかに翻し、矢と化した炎の剣を躱したオメガは両手を胸の前で合わせた。 合わせたオメガの両手の一点に光が集束していく。 オメガが躱した炎の剣は上空でパッと消滅すると、主であるスルトの元へと戻るようにその右手に再び現出した。 右手に戻った炎の剣を迷うことなく逆手に持ち替えたスルトが、再度オメガを標的として投擲する。 再び矢と化した炎の剣がオメガを襲う。 オメガはその場から動くことなく、合わせた両手の中で収束した光をレーザー状の光線として放った。 光速のレーザーがスルトの胸部を貫くと同時に、炎の剣がオメガの胴体に突き刺さる。 スルトは咆哮し、オメガは猛炎に包まれた。 両手を合わせたままの姿勢で、墜落するように上空にあったオメガの高度が下がる。 合わせたままのオメガの両手には再び光が集束していった。 咆哮しながらオメガの落下地点へと駆けるスルト。その右手に新たな炎の剣が現出する。 オメガは猛炎に包まれたまま、迫るスルトへとレーザーを放った。 至近距離からのレ

  • 異世界は親子の顔をしていない   第67話 師の助言

     ウアイラの気迫を込めた喚び出しに呼応するように出現した、直径が十五メートルにも及ぶ紅く発光する魔法陣からスルトの威容が現出する。 スルトが身に纏う漆黒の鎧の隙間からは炎が立ち上がっており、防具としての鎧というよりは自身が放つ炎を抑えるための拘束具のようだと「世界を焼き尽くす神殺しの巨人」を初めて目の当たりにしたカイトは思った。 その右手に「輝く剣」とも「炎の剣」とも呼ばれる象徴的な武器としての剣を握り、体高は二十五メートルにも届かんとするスルトの威容を前にして、カイトは強く反応した自分の鼓動によって手の甲の血管までが脈打つのを感じた。 初めての実戦、初陣の相手が「火」に属する召喚獣としては最上位とされる召喚竜オロチにも匹敵すると云われているスルトであることを知っても、自分の足がすくんでいないことにカイトは安堵した。 自分が落ち着いていられるのはエルヴァがくれたアドバイスのおかげだと、カイトは魔道士としてのすべてを教えてくれた師であるエルヴァの言葉を想起した。〈世界で最強の僕と同じ無属性として括られる存在を、この短期間で召喚できるようになっちゃった今のきみにとっては、他の属性で最上位とされてるヴリトラやオロチなんかの召喚竜ですら既に戦える存在ってことになる。召喚竜を筆頭とする大型の召喚獣はギリシアシリーズと相性が良いんでね。アルファかオメガなら召喚竜とだって戦えるし、下手を打たなきゃ勝てる相手と言っちゃってもいい。きみが注意しなきゃいけない魔道士は、戦場を支配する巨大な召喚獣を使うタイプの魔道士じゃない。等身大で強い存在を召喚するタイプの魔道士なんだよ。その中でも、戦うための召喚を済ませた魔道士にとっては最大の弱点でしかない生身の身体を、召喚した存在を憑依させることで自分自身を強くすることで解決しちゃう魔道士は、きみにとっての天敵だね。まあ、憑依なんて反則技を使えるのは、ブリタンニアでエースになってるアクーラ卿と、セナート帝国で南方を任されてるアリア卿、アメリクスで何故か第四席次をヴェノム卿に譲ったロンディーヌ卿、そして黒魔道士のヴァルキュリャ卿の四人しか確認されてないから、その四人とは戦わないってことで。相手がでかい召喚でくる分には戦えると思っていいよ。僕以外には上位が存在しない魔道士としてね〉 俺は戦える。カイトはエルヴァの言葉を裏付けとして、自分

  • 異世界は親子の顔をしていない   第66話 ウアイラ(Ⅰ)

     この世界とは別に存在する世界。 違う部分はあっても、このテルスとよく似ている星に存在しているという異なる世界。 そんなお伽噺じみた世界から来たという若僧が、自分よりも上位の称号を持っていることが不愉快だったウアイラにとって、隠しようのない動揺を顔に浮かべるカイトを見るのは気分の良いものだった。 このテルスより何十年も進んだ時代から来たから、テルスの未来も予測できるなんて口振りも気に食わない。 未来なんてものは、ちょっとした弾みでガラッと変わってしまうもの。 世界を変えてしまったきっかけは、その時を生きている人間には掴みきれず、次の時代を生きている連中が過去を振り返った時にやっとで気付くものだとウアイラは考えていた。 聖皇国に偽の情報を掴ませて秘密裏に待ち構える作戦が当たり、裏をかくことに成功したことで気を良くしたウアイラは、次に用意していた遊びを実行することにした。「聞こえませんでしたか? 一騎討ちですよ、カイト卿。卿と俺とでね」 ウアイラは上機嫌であることを隠さずにほくそ笑みながら、このタイミングのためだけに嵌めていた白い手袋の左手だけを外すと、カイトの足下へと投げ付けてみせた。 自分の足下へ手袋を投げ付けるというウアイラが取った行動の意味を理解できず困惑するカイトに代わって、横に立つアルテッツァが口を開いた。「戦場における一騎討ちの作法としてウァティカヌス法に明文化されることもなく、今となっては廃れて久しい、貴族同士でもあった過去の魔道士が戦場に持ち込んだ決闘の作法を再現してみせるなどという、ケレンを演じるのが卿のスタイルなのですか? ウアイラ卿」 状況を把握できていないカイトへの説明を併せて済ませるように応じたアルテッツァを、敢えて分かりやすく無視したウアイラは、薄ら笑いを浮かべながらカイトへと視線を向けて答えた。「遊び心を失った魔道士なんざ、それこそ生きた兵器でしかない。違いますかね? カイト卿。俺たちはこの世界の、今この瞬間を生きてるんだ。その瞬間の積み重なった先にあるのが未来。この世界の未来を決めるのは、今こうして自分の意志によって生きてる俺たちだ。理想を描ける力を持っている俺たち魔道士が、自分が望む未来のために行動する。それのどこが悪いってんですかねえ。そうは思いませんか? カイト卿」 ウアイラは質問を向ける形をとりながら

  • 異世界は親子の顔をしていない   第65話 予期せぬ申し出

     古都フエルシナへ赴いたインテンサが圧倒的な力量差でイオタを討ち取り、芸術の都マイラントへ赴いたヴァルキュリャが個人的な思惑を優先させてゾンダを引き込んだ二月二日の昼頃。 ウアイラが主導した王位簒奪に際して自害することとなった国王の実父であり、分裂状態にあったビタリ王国を統一して現在に続く体制を築いた初代国王が本拠地としたメディオラヌムの市街地まで、あと一キロメートルほどの場所までカイトの一行を乗せてきた幌馬車を曳く馬の脚が止まった。 幌馬車を降りたカイトの視界に、メディオラヌムの街並みが広がる。 かつて公国であった数百年前から商業と金融の拠点として栄え、繊維と服飾を地場産業として発展させた現在ではファッションの都とも呼ばれるメディオラヌムは王都ロームルスに次ぐ第二の人口を有する大都市だった。「いよいよ、か……」 ぽつりとつぶやいたカイトに続いて同じ馬車から降りたピリカは、カイトの横に立つと空を見上げた。 朝から鈍色の厚い雲に覆われていたメディオラヌムの空は、重い雲を流す偏西風によってわずかな晴れ間を覗かせ始めていた。 もう一輛の幌馬車から降りたアルテッツァとセリカも、カイトの傍まで寄ると横一列に並んで立った。「落ち着いているようで安心したよ。初陣に臨むカイトへの心配は、私の杞憂に終わってくれたようだ」 アルテッツァがメディオラヌムの街を眺めながらカイトへと声をかける。「そうだね。ここまで来る馬車の中じゃ震えが止まらなかったけど、いざ着いちゃえば、逆に落ち着くみたい」「それはいい。私が思っていたよりも、カイトは肝が据わっているようだ」「自分でも驚いてるよ……よしっ! じゃあ、行こうか」 ゆっくりと歩き出したカイトを挟むように、両脇にアルテッツァとピリカが並んで歩調を合わせた。 三人から一歩下がったところをセリカが続いて歩く。 ゆっくりとした歩調でカイトたちが二百メートルほど進むと、メディオラヌムの市街地と街道との境に位置する番所からトリアイナ魔道士団の軍服を纏った女性の魔道士が姿を現した。 女性魔道士に従って番所から出た若い男の番人が馬に跨がり、メディオラヌムの街へと向かって馬を駆る。 長身の女性魔道士は独りで街道の中央に仁王立ちすると、トワゾンドール魔道士団の純白の軍服を纏うカイトら四名の魔道士たちを待ち構えた。「ほう……堂々

  • 異世界は親子の顔をしていない   第64話 ヴァルキュリャ(Ⅲ)

     ゾンダの召喚したシウテクトリがその姿を現した時には、アクーラが召喚したロキは既に現出していた。 ロキは身長が二百三十センチほどの男性の姿をしており、鮮血で染め上げたように鮮やかで濃い深紅の燕尾服に身を包んでいた。顔面に貼り付けている笑いを模した仮面も生き血を吸い込んだような深紅だった。 ロキを睨み付けたカリフの意思に応じたクラーケンの、禍々しい触手じみた腕の一本がロキに襲いかかる。 クラーケンが繰り出した腕の軌道を読み切って軽やかに躱してみせるロキに、槍を構えて急接近したシウテクトリが斬り掛かる。 シウテクトリの無駄を排した挙動から放たれる鋭い槍の一閃すら、ロキは舞うように躱してみせた。 しなやかに舞う一連の動作の中で、ロキが右の手のひらに円環状の炎を作り出す。 高速で回転する円環状の炎は、みるみる高温となり蒼白い光を纏う炎のリングへと変化した。 シウテクトリとクラーケンとが次々に繰り出す攻撃を容易く躱しながら、ロキが右手を薙ぐように振り切る。 ロキの右手から放たれた蒼白い炎のリングは、瞬く間にその直径を広げながら高速でクラーケンへと迫った。 四メートルを超える直径となった蒼白い光を帯びる炎のリングが、クラーケンの頭部を難無く焼き切ってみせる。 頭部を両断されたクラーケンの巨体は微細な光の粒子となって霧散し、跡形もなく消滅した。「クソっ……! ならっ次は、ヌウアル……ピ……」 怒りのまま犬歯を剥き出しにしたカリフが、次の召喚獣の名を詠唱することは叶わなかった。 ブーメランのような弧を描いて高速で襲いかかる蒼白い炎のリングによって、詠唱の途中だったカリフの胴体が呆気なく焼き切られる。 下半身と別たれたカリフの上半身が地面にドサリと落ちる。 カリフの戦死はゾンダにとって何らの動揺をもたらすものではなかった。その証左としてゾンダの意思に応じるシウテクトリによるロキへの猛攻は途切れることなく続いていた。 シウテクトリが繰り出す槍による多様な攻撃を舞い続ける舞踏家のように躱し続けるロキは、その間も指先のわずかな動きだけで蒼白い炎のリングを操っていた。 クラーケンとカリフを両断しても蒼白い超高温の炎で在り続けるリングが、弧を描いてシウテクトリへと迫る。 ロキの操る炎のリングの軌道を読んだゾンダの意思に応じて、シウテクトリは一瞬だけ攻撃を止

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